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【食育って何?】日本は過食症を誘発する体質になっていないだろうか


昔から食べ過ぎているような気がしている。

 
それも、好物だからたくさん食べてしまうというのではなく、どうやら「残さず食べなくては」という義務感が染み付いているからというのもあるように感じている。
日本では子供の頃から、残さず食べることが美徳であり、マナーだとされてきた。
食の最低限のマナー。
これは学校給食で皆が教えられることになる。
直接言う先生もいるし、遠回しに言う先生もいるが、教えていることはほぼ一緒。
残すことは悪いこと、いけないことだと疑いもなしに。
教えたことの達成度のチェックも簡単だ。残していないか見れば定量的に把握できる。
 
少し考えずも自明のことだが、食事の量は、からだの大きさにほぼ比例するから、必要な食事量というのは人それぞれのはずだ。
小学生も中学年も過ぎれば、子供といえども体格差は歴然である。
大きな子もいれば、小さな子もいる。
ところが、食べる量は皆ほぼ同じで、残さぬように教育(なんちゃって食育)をされてきたわけだ。
たくさん食べれば体が大きくなるわけでもないにも関わらず、食べる量だけ標準化されてきた。
進級し、やがて学校を卒業して給食の時代が終わり、次第に、色々なものを食べるようになるだろう。
カロリーの高いものが好きな人もいるし、さっぱりしているものが好きな人もいる。
これは個人の趣向。
本来であれば、食の質と摂取量を考えなければならないのに、そうはなっていない。
だから、カロリーが高くてもたくさん食べてしまうし、ずいぶん前にお腹は満足しているのに出されたものを無理して食べてしまう癖がつく。
これでは、太って当然の食育をしているように思えてならない。
この辺りから改革しないと、肥満は増え続ける一方であろう。
国民の意識に作られた肥満が結構な割合でいるのではないかと考えるのも間違っていないと思う。
意思と反して食べてしまうなんて、まるで過食症だ。
 
勝手に推測すれば、戦争で食べ物がなく苦しんだ経験が、この食に関する教育方針を正義としているようにも思えるが、そろそろやめてはどうだろうか?
と強く思うのです。
本来の必要な量を適正な方法で食べる。これが、食育の入り口だと思います。
 
こんなことを言うと、給食ではなく晩御飯を子供が食べなくて困ると言う人もいるでしょう。
でも、思い出してみてください。求められるがままにおやつを与えていませんか?
中途半端な時間に、かつ無駄にお菓子を与えなければ、子供も夕御飯はしっかりと食べます。
むしろ、子供は自分の体を考えて制御することはできません。無駄な間食を習慣化させるリスクを低減できるのは、まずは大人にあることを理解して、食育することも重要なんではと思います。
体が本当に必要としている量を食べる。
おそらくは、これが肥満予防の第一歩であると思います。
 
食育の根底にあるのは、作ってくれた人への感謝です。だから、それをちゃんと実行できるように、
有機栽培や好き嫌いをなくすことばかりが食育ではないこと、質だけでなく、量も考えた食育が大事なのではないでしょうか。
 
今週のお題は「夏の食事」というものだったから、今は夏休み真っ最中の子供たちの食の環境について、つらつらと思うことを綴ってみました。
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