サラサラ式

趣味の雑記です。(健康管理、キャンプ、副鼻腔炎)

真夏の甲子園で高校野球の何が悪い?

甲子園を悪者にしてはいけない。

甲子園球場は野球をやる子にとっては、1度は憧れる場所。

最近のいろいろな場所で、様々な立場の人の発言を見てびっくりしている。

甲子園でやることを、これを軍隊だと言う元知事がいたり、大阪ドームでやればいいっていう知識人や芸能人がいる。

そして、それが正義になっている。

呆れたのは、選手というよりそっちの方が応援する方も楽だとか言っているものもある。

でもそれはあくまでも、普段野球に無関心な大人の意見であって、球児たちはそうは思っていないのではないだろうか。

それに甲子園を目指すレベルの球児であれば、軍隊だなんて絶対思っていない。

そんなこと言っては、それを目指してやっている球児たちに失礼だよ。

 

甲子園は本当に聖地なんだ。

ラグビーやっていた人に聞いてみたいけれど、花園目指しているでしょ?

そういうとこなんじゃないかな。甲子園は。(まあ、向こうは真冬の大会ですが)

それと、もう一つ言うと甲子園に出ている選手を応援している人間も、甲子園が熱いからという理由で試合するようなとこじゃないとは決して思ってない。

そして、試合の相手もそう思ってる。

相手も暑い中しっかりやっている。

そういうようなところが甲子園なのであって 、正直なところ、そこでやることを否定する話はこれまで野球を見たことがない人間の意見なんだと思う。

 

そもそも、野球少年は小学校のころから、暑い中頑張っている。

中学も高校も野球の練習は炎天下の時も多い。

それに、地方予選だって、ドームでなんてやっていない。

そのあたりはちゃんと監督、コーチ、マネジャー、そして親たち、選手自身が管理をして適応しているのだ。

だから、プレーヤー側で暑いから甲子園で試合をすることがおかしいなんて、だれ一人思っていないと思う。

そうしてきているのに、アンダー18のアマチュア野球の頂点ともいえるトーナメントだけ、空調のきいたところでやるの?

外部の大人が涼しい中で見たいだけの話。正義ぶってはいけない。

 

耐えるのは時代遅れという意見もある。でも、日本人はそういう国民性もあって、まあもうこの際、美学とまでは言わないけれど、でもやっぱりこれまで脈々と先輩たちが頑張っていたところ、そこでは頑張っていきたいし、そこで実績を上げてみたい。

そういうようなところにモチベーションを保つのもいいんじゃないかなと思う。

そもそも野球をまともに球場で見たことがないような人間がごちゃごちゃ言う話でもないと思います。

 

ところで、もとをただせば、すべては気象変動のせいである。

甲子園のある生活をしている人もいるわけで、野球をする場所ではないとか言うべきではないし、それなら矛先は、二酸化炭素を出しまくっている代わりに、私たちの便利な生活を作っている産業界に文句をいえばいい。

甲子園は悪くない。

甲子園で高校野球を観たい。

今年は第100回大会。楽しみだ。

「すべての教育は「洗脳」である」を読んだら、イチローはやっぱすごいって思った話。書評です。

最初、題名を見たときに、堀江さんが書いた本ということもあり、日本の教育の在り方をとことん、こき下ろす類の内容かと思ったが、そうでもないような内容であった。

 

うわべだけ斜め読みすると確かにそう。

こてんぱんにこき下ろしている。

学校という教育現場も地元愛も。

でも、ちゃんと読んでみると伝えたいのはそうではないようだ。むしろ、自分のことをしっかりと考えるヒントをくれる。自分を持たずに安直に反抗することだけを勧める本ではないことがわかる。
これはもちろん、教育する側(学校、親)への問題提起も含まれているのだと思われる。

 

言われてみれば、確かに今の社会はあまり尖っていない平均的な人材の方が組織として動かしやすい。(そういえば、最初の会社名オンザエッジでしたね)その一方で、人間には個人差があるから、どんな人間でも無難に生活をしていける船団護送的な社会を目指すのであれば、平均的で尖っていない人間の方が扱いやすい。

だって自分も尖らないように矯正されてきたのだから。

個人個人の特性に左右されることなく、学校教育で教えられた常識で、会社に入っても部下を指導していけばいいのだから。

ガバナンスの面では、それでいいのかもしれない。

でも、それゆえに飽きっぽい人間はその自分が踏み入れた船団護送社会の現状に不平不満を言い出すんだろうね。

飲み屋で愚痴るぐらいならいいけれど、不満がたまりすぎるといいことはない。

 

話は変わって、この中で「没頭」というキーワードが出てくる。
これは昔を思い出した。

そうだよ。

夢中になれること。夢中になることは誰にでもできることなのに、いつしかそれは封じてしまう。特に仕事に対しては。
これができれば人間は確かに強い。やらされる我慢と目標をつかむためのプロセスにある我慢は同じ質の我慢ではないと思うし、同じ苦労や我慢をするのであれば、後者の方が絶対にいいに決まっている。


また、金を持っているからできるんだろ、とも思うが、やりたいことをやるのに金がかかるからたまたま金が必要という話も決しておかしな理論ではない。(人によっては、論点のすり替えと揶揄する人もいるだろうが)

堀江氏の文章は刺さる人にはとことん刺さる。
この書にもっと早く出会いたかったなとも思ったが、そんなことを言ったら、年齢で限界を勝手に作るのも日本の教育により構築されたシステムの洗脳によるものだなどと、あきれられるかもしれない。

これと、セットで人生の勝算とか読むといいかもしれないですね。覚悟をもって没頭できる才能がある人は。

 

ところで、同じことをずっと続けることと、没頭すること。

自ずから同じことを続けるということはまさに没頭ではないか。

まさにイチロー。

自分は野球の研究者になりたいと言った。

のらない日もあろうが、目標に向かってコツコツやって成果を出している。

勤勉な日本人の国民性の美談としてよく取り上げられるが、おそらく彼はそんなことは微塵も思っていなくて、ただ、没頭しているだけなのだろう。

見方がちょっと変わったかもしれない。

小学生から40年近くひとつの事に没頭し続けているイチローはやっぱりすごい。

 

なお、この本、太っ腹にも、prime readingの対象です。

すべての教育は「洗脳」である?21世紀の脱・学校論? (光文社新書)

すべての教育は「洗脳」である?21世紀の脱・学校論? (光文社新書)

 

 

副業解禁でサラリーマンはどう人生設計をするべきなのか?

この記事の目次

大手企業が続々と解禁に動き始めている

これから、会社員も副業を持つ働き方が一般的となる社会になっていくのだろうか?

終身雇用の船団護送が典型的な日本型の会社の働き方であったが、これとは大きな方向転換。

副業なんて仕事の流儀、美学の反するから、逆にこそこそしなければならないのが日本の働き方であった。

有能な人材の流出阻止を目的とした、より自由度を高めた会社の働き方改革の一環なんて話もあるが、これまでの日本のシステムを壊してまでそうするか?となると甚だ怪しいところである。

そもそも、会社の中にはそんなに有能な人間はゴロゴロいるわけではないし、そんな少数相手であれば、動きやすいポストや個別にそういう雇用契約をすればいいだけの話。

解禁となると、すべての社員に波及する。

 

副業という言葉に何を想像するのか。

個人的にはセカンドキャリアというよりもサブキャリアと捉えている。

メインキャリアが軸としてしっかりとあるから成り立つサブキャリア。

それが崩れてセカンドキャリアになると、フリーランスに近づいていく。

セカンドキャリアとなると、メインキャリアと位置づけは、ほぼ対等。気持ちがそっちに傾いたら場合によっては社員がいなくなってしまうかもしれない。企業がそんなリスクをとるか?ってことです。

 

それでは副業を行っていく理由は何であろうか?

おそらくは、「収入増」と「他の経験を積みたい」、この2点であると考えられる。

でもそのほかに、もう一つ、副業をして、場合によっては今のメインキャリアを退職した時にも食べていけるという経済的な基礎体力作りを定年前の今のうちに行っていくというところもあるのかもしれない。

 

セカンドインカムの構築

いわゆる年金だけでは暮らしていけなくなりつつある中で、他に収入源を作る必要がある。しかも年金を受給される頃ともなれば、体も頭も動きがスムーズにはいかないであろう。

新しいことをやろうにも、定年までサラリーマン一筋で頑張ってきた人は、相当な情熱でもない限り、おそらく無理で、結局、定番の警備員やビルの管理人などのバイトに落ち着く。新しいことをいきなりやれと言われても、大変なんだ。

でもこれからは、工事は減るし、マンション管理もIoTの活用などが進んでいくことが予想されるから、これらの定番の仕事のパイも大幅に減ることは容易に想定できる。

なので、定年前の体力のあるうちに、サラリーマンとしてのメインの仕事をしっかりとこなして、かつ、その上での副業であるのであれば、単純に考えれば、スキマ時間を活用して別の仕事をしているという形になるわけである。これらの訓練をしておけば、それほど負担にならないレベルでのセカンドインカム(第二の収入源)の確保になるから、定年しても場合によっては活用できるのである。

 

そのような考え方からすれば、副業の在り方として体力の余剰分を使うのではなく、

例えば、塾の講師、ライティングなどもあるだろうし、ブログ等の活用もあるだろう。

退職後に店をやってみたいのであれば、珈琲店や屋台の居酒屋などを経験しておくのもいいかもしれない。その他、様々にあるだろうが、隙間時間を使って、自分は何ができるか。という観点で探してみるのも、自分を助けていくことになると思う。

 

お金だけなら残業すればいいのか

会社員の場合、副業と言っても、単純に定時後にバイトをするだけでは副業推進のモチベーションにはならないであろう。

でも、副業の目的について、もしも、お金だけが理由であるのであれば、その単価(時給)をしっかりと考えるべき。

例えば、まだ残業がつく身分の会社員であれば、多くの場合、会社で残業をした方が、収入が多い場合もある。

意外と会社員の単価は高いのである。

残業代は計算方法が各社決まっていて、概ね基本給の0.8~1%(深夜残業がある場合も含む)程度になると思われる。

すると、基本給が20万もあれば、時給換算で1600円以上にはなる。

こんなアルバイトもあまりないと思うので、そういう観点から目的をしっかりと明確化して進めていくことこれが重要だと思います。

もちろん、これは会社に残業するほどの仕事が沢山ある前提の話ではありますが。

 

結局、個人の経済的な基礎体力つくりがすべて。

残業代を十分に払える企業も減っているのかもしれません。

もしかしたら10年後には消えている職種かもしれません。

だから、若干景気が上向いても、企業は安心していません。

企業もお金を払いたがらなくなっているってことです。

また、これまで通りの年功序列は壊して、スリム化し最小限の費用で企業経営。

もしも、足りなきゃ自分で補えるようにしておきなさいねという布石かもしれません。

定年後も大変です。

これからどんどん年寄りが増えるというのに、生活保護費も減らす方向の政策です。健常者には生活保護なんて払いたくないんです国も。

ねんきん定期便に書かれている年金額を見ても、とても暮らしていける金額に達していないのは、皆さん周知のとおり。

副業の準備は早めがいいかもしれませんね。

 

サウスポーは個性だけれど、世の中は右利き向けにできている。

高校野球が終わった直後の週末。

夏の終わり感が少しずつこみあげてくるわけで。

 

さて、ここ数年、高校野球を観ていると左のいい投手が多い。

バッティングについては、一歩分、一塁に近い物理的な距離の優位と、スイングの一連の流れに逆らわずに一塁側への一歩目を踏み出しやすいことなどから、右利きでも左打ちに変えることも多い。

また、これらの変更(矯正)も若いうちからであれば比較的容易だ。

ところが、投げる方になるとこれがなかなか難しい。

全体の投球動作もさることながら、指先の細かな制御も必要になるからである。

 

日本人の左利きの割合は10%程度だといわれている。

感覚的にもそんなものであろう。

とはいうものの、日本人はもともと農耕民族であったから、左利きの割合がもっと多くてもいいような気もする。(心臓をガードするために盾を持つ手が左で、武器を振りかざす利き手が右なんて説もありますよね)

 

もちろん、子供のころから矯正されている場合も多い。

だって、世の中は左利きには非常に不便にできている。

横書きの場合は書いた字に掌があたり、かすれたりもするし、縦書きでも、とめ、はね、はらいは右利きに有利にできている。

万年筆文化の欧米なんか特に顕著に表れる。万年筆なのに滑らすようには字を書けず、突くようにガシガシと引っかかりながら書かなくてはならないからだ。

ステーショナリーは書くだけではない。ハサミも定規もほとんど全部右利き向け。

 

食事の時もそうだ。

昼時になったから、手早く食事をとろうと、ラーメン、吉野家、立ち食いソバなどのカウンター形式の店も右利き向けだ。だって、隣で食べている人は右利きが大半だから、ちょっと狭い詰めた店だと腕が当たりやすく、非常に窮屈そうに食べることになる。

そもそも、和食の作法なんて、配膳も焼き魚の向きも全くもって、右利きのことしか考えていない。

 

だいぶ話が脱線したが、左はなかなか大変なのだ。

 

そんな一方で、野球は左利きであることが有利と思う節もあるが、そうとは限らない。

なぜならポジションが限られ過ぎる。

 

 

普通に考えれば、左右の比率は1対9の割合なのだから、右の方が稀有な才能の投手が出てくる確率が高い。母数が多いのだから当然である。

ゆえに、左腕は右腕に慣れた打者相手の打ち難さに価値を見出すことが多かった。

もちろん、伝説級の左の剛腕ピッチャーもいるけれど、絶対数は多くはない。

ところが、ここ最近、特に昨年、今年と絶対的な力量でいっても左の方が上のようである。

推察するに、左利き個性として受け入れ、昔ほど矯正していないこともあるが、もう一つ、野球の場合、左は投手以外では外野か一塁しか守れるところがないというのがセオリーだから、必然的に投手向けの練習が多くなるからではないかと思われる。

その一方で、選手数が少なくて、左投げのサードなどという記事が、ちょっとしたニュースになったぐらいだから。それぐらいポジションが限られ出場機会が失われるリスクはある。

また、実際のところ、打者は右も左もそれほど偏りがないので、ピッチャーは左利きが有利ということでもない。

いろいろ考えると、野球をするにも左投げにこだわるのは、守れるポジションが狭められる分、ちょっとした賭けなのかもしれない。

【選挙は誰に投票する?】迷ったら、政党のマニフェストに書かれた順番を見よう。

都議会選挙が投票中のようだけれど、この2週間、政策論争はどこ吹く風

築地と豊洲の使い方で適当に選んでいないか?

大半の都民は関係ないからね、築地市場も豊洲市場も。あんまり。

品質のいい、おいしいものを食べられれば良くて、そんなものは物流の仕事の範疇。

また、危険な物質が出たと騒いでいたけれど、それは管理できるでしょう。

こういってはなんだけれど、埋立地なんて日本と言わず、世界中どこ行っても同じようなものだ。コストがかかり過ぎるから、埋め立てをする際に土砂等の埋めるものの計測管理などは、ほとんどしていない。

あんなところにあんな大きいものをもう作っちゃったんだから、それを有効活用するのは当たり前のこと。

こんなのは焦点ではない。

こんなこと以外にも、いろいろと伝えなければならないマスコミは何をやっているのだろう。とは思ったが、各政党のマニュフェストを見て思った。

漫然と課題っぽいキーワードを列記しただけで、数字がないのだ。

課題っぽいキーワードはどこも同じ。ただし、その書いている順番は各政党異なっていることに留意しよう。

一番上ほど、優先順位が高い。

ただし、最後は展望的なことを書いていることもある。いわゆる、即効性よりも長期的なビジョンである。

 

 

で、実はどこも、安全、安心を考えているようだ。

 

例えば、福祉については、待機児童問題はどうなっている?これが一番重要な焦点ではなかったか?

待機児童だけでなく、高齢者もどうするのよ。当面、人口減少は顕著に表れないけれど、老人の割合はどんどん増えていく。孤立老人は大変だよ

極論すれば、子供と老人どっちに金を使う?ってことを示し勇気が必要だ。

 

防災対策は?といえば、東京は結構、無秩序にものが建てられているけれど、あれでいいの?地震も大雨もいくらでも災害リスクがあげられる中で、いざなにかあったら、どこに逃げる?どこで生活する?耐震補強とか新しい建物はしているけれど、正直なところごく一部。しかも耐震補強なんて想定外の波形の地震が来たらほぼ無意味。

1400万人も人口抱えているのに、たった1割でも難民化したら、リアル北斗の拳だよ。

そういうリスクが高い地域、古い住宅地や商店街への対策にいくらかかるか把握しているのだろうか?

 

それと、オリンピックも実は間接的に重要だ。一時的な行事だと思われているところもあるが、金を出すのは都民。財布の中身は決まっている。ここに金を落とし過ぎると、安全安心にお金が回らないよ。

 

なので、マニフェストぐらいは眺めてから投票した方がいいと思う。

書いてある順番を考慮して、その政党を見極めよう。

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