サラサラ行こうね。

ストレス社会にサラサラした生活を

ブログのポエムを真に受けちゃダメ。ゼッタイ。とは言いませんが。


はてなブログを真面目に始めてはや3ヶ月。

 最初は書き方、構成等の情報集めの目的で他の人のブログを拝見していたのでありますが、ブログサーフィン?自体が面白くなってきてしまい、当初の目的もなおざりに、かつはてなブックマーク等のはてなブログの枠を超えて、様々なブログを見てしまっている。そんな中、時折、この人相当自分の世界に入っているな~と思う記事に出くわすことがある。
 ブログを書き始めてわかったことだが、そもそもブログは普通の状態では書きにくいもので、少しばかり、なんというか、酩酊というか、なったことないけどトランスというか、そのあたりのモードになってこないとなかなか書けない。言葉が紡げない。それは至極当然で、誰が読むともわからないものに何かしらの自己表現をする媒体なのだから、恥ずかしいとか、そういう感情があってはダメらしい。ただの文章であってもそうなのだから、詩なんて特にそうでしょう。
 でも、この非日常な感覚が作用するのか、時々、冒頭の大ポエマーに遭遇するのです。普通の状態で、こんなこと考えて人と接していたら、「天然?」なんてきっと相手も心配するのではないだろうかなどと、要らぬお節介はさておき、意外と面白い表現をしていたり、逆に引き込まれそうになることもある。だから思うのです。少なくとも、エネルギッシュやアブラギッシュなおじさまが書いた、瞳に顔が描かれてしまうような情景を醸し出すような創作ポエムはいけない。いや、正確には条件を付けさせていただき、書き手の情報がまったく開示されていない完全匿名のブログを対象にするとして、本人の素性がわかったときの影響を考えると、その手のポエムはやっぱりおじさまだと、たぶんいけないことになるのではないかと思うのです。特に読んでしまった人のために。
 このような創作物は、きっとこんな人が書いているんだろうな等と思いを馳せながら読む類いのものであり、ポエムはまさにその最たるものだ。
 どんな素敵な人が書いているのだろう。なんて勝手に思いながら読んでいて、勝手に人となりを想像する。本当に勝手だけれど、女性だと思ったら、実はおっさんだったとか、やっぱりまずいでしょう。と思ったりするわけです。
 もちろん、読む側も気を付けなければならないのも一理。いいですか?そんな非日常のポエムなブログにビシッと自分の顔写真を出すわけ無いでしょう。相当自信があれば話は別なのかもしれませんが。そんな人はたぶんいない。最近はだいぶ減ったと言われているけれど、それでもネカマ等と言う相当物騒な存在もいるわけであり、ポエムを読むときには構えてなければなりません。
 もちろん、おじさまがポエムを書くなと言うわけではなく、例えば、元おじさまポエマーの大御所に谷川俊太郎さんがいる。学校の教科書にも詩は出ていたけれど、本人のことはよく知らない人も多いことだろう。それでも読み手に対して、創造の邪魔をしない程度に書き手の最低限の情報を与えて、あのような詩を書いている。だから読む側も痛い間違いはしない。このあたりは絶妙だ。小学校の教科書だからモノトーンの写真になっているというのもあるけれどね。
 
 そういうものだから、書き手がどんな方なのか少しばかりも判断できない場合は、素敵なポエムでもその気にならないこと。
 それと、ブロガーもあまり悪質な変身をしないこと。
 
 なんて勢いで書いてはみたものの、この駄文も誰かに読まれると思ったら恥ずかしくなってきたので、このあたりでやめとく。
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